私に断りもなく

 

使わなくなった物たちが部屋から消えてゆく
捨てたのだから、消したのは私なんだけど
それでも
私にはいつも、それらがすべて
私に断りもなく消えたように見えていた
そして、そんなふうにして居なくなった人を
一人だけ知っている……
あの人もまた、私が突き放してしまったのだ
けれど私にはやっぱり
私に断りもなく消えたように見えた

 

 

夜隠し

 

戸口に立つ父の影
畳に垂れる姉の髪
賢しき弟、夏の宿題
夜の裏山、先行くは祖父
ついて回って転んで泣いて
立ち上がると祖父がいない
探して呼んでも返事もない
怖くて帰ってきたけれど
家の中は静まり返り
家族の姿は見当たらない
ふと気になって鏡を探す
鏡を覗くと僕もいない
台所に母がいた

 

 

目を瞑って、後ろを向いて

 

目を瞑って、後ろを向いて
彼女は時おり、彼にそんな言葉を口にする
それは階段の上とか駅のホームとか
そういった場所で言うのであって
一緒にテレビを見ていたり
食事をしたりする時は言わない
だけどたまに、彼とそういった場所を訪れた時は
ほぼ例外なく、いつも笑顔で告げるのだ
目を瞑って、後ろを向いて
いつだって彼はそれに逆らわない
むしろ喜んでその運命を受け入れてきた
彼は、いつもそんな人だった
そんな人が、いつも彼だった

 

 

誰か触った

 

誰か触った
これで何回目だろうか
友達といる時
家族といる時
一人でいる時
例えば背中や、肩や後ろ髪
誰かに触られるはずのない位置から
そんな方向には誰もいない、という場所から
いつも誰かが触るんだ
でも怖いとか気持ち悪いとか
そんなふうに思ったことなんてないよ
ないけど、ただ不思議なのはね
その時いつも
触られた感覚がしないんだ

 

 

 

自分が誰かに、何か良いことをしたとして
そんなことはすぐに忘れてしまっていい
大切なのは
誰かから自分が、何か良いことをされたら
それは絶対忘れないこと
恩知らずの恩着せがましい人間にならない方法

 

 

中間色の多用

 

具体性の喪失
曖昧だけが突出して
まるで意味を成さない
主観と客観もわからない
自分がどんな形かもわからない
見えている物とそうでない物の区別もない
聞こえている音とそうでない音の判別もつかない
聞き覚えがある言葉なのか初めて聞く言葉なのか考える力が出ない
いつの間にか自分で大切な物を壊したとしても罪悪を咎める意思をもてない
例え罪悪を咎める人がいてもその人の言っていることが正しいかもわからない
自分が生きているかもわからないまま少しずつ崩れていくのにそれすらも気づけない
そんな色