他人事

 

迷い猫は雑踏に消える
その口に手榴弾を咥えて……
黙ってその場を離れてからも、知れないその後に後味が悪い
助けたことにしよう
これで大丈夫、私の中では生きているから
その日から猫を飼い始める
私の中で助けた猫を、私の中だけで……
実在しないご飯を頬張り、実在しないベッドに横たわる
おなかいっぱい、嬉しいね
私の中の実在しない私が、実在しない猫を撫でて微笑む
私の中の実在しない私と猫はなんだか眠くなって、眠りについた
実在する眠りから覚めた私を、朝の光が残酷に差す
黙ってその場から起きあがって、裸足のままで外へ歩き出す
裸足で歩く私を、私の中の実在しない猫が追いかける
裸足で歩く私は、遠くに乱れる銃声を聞き
私の中の実在しない猫に、怖いね、なんて話しかけてみる
あぁ、あの時助けてよかったなぁ
銃声を聞きながら裸足で歩く実在する私の中の、実在しない私が思う
あぁ、あの時助ければよかったなぁ
銃声を聞きながら裸足で歩く実在する私が思う
その時、銃声を聞きながら裸足で歩く実在する私の足元におもちゃが落ちていて
銃声を聞きながら裸足で立ち止まった実在する私は、それを拾い上げる
だけど、銃声を聞きながら裸足で立ち止まった実在する私の中の、実在しない私は
足元におもちゃは落ちてなかったから拾わなかったし、立ち止まらなかった
銃声を聞きながら裸足で立ち止まった実在する私の手の中から光が残酷に射す……
銃声を聞きながら意識が遠くなっていく実在する私の中の、実在しない私は
銃声を聞きながら意識が遠くなっていく実在する私の中の実在しない猫と歩き続ける
やがて銃声も聞こえず意識も呼吸もない実在する私の体は動くことはなくなった
……だけど実在しない私と猫には、他人事

 

 

水彩船

 

小さな船を、そっと浮かべてみる
美術室の水道に水を溜めて……
最初少しだけ浮かんだけれど
親指を通す穴から
あっという間に浸水し、沈んだ
こんな物に絵を描くなんて
まったくもって君らしい
絵なんてもう描かないって僕が言ったら
じゃあ、そうしたら? って
本当に描けないようにしてくれたんだ
困ったな
貧乏で、これしか持ってないのに
絵が綺麗すぎて消せないじゃないか
だけど君は、さよならの時に言ったんだ
描きたくなったら、もう消していいよって
ゴメンねって
そして、私の分まで頑張ってねって
……わかった
ちゃんと描くようにするから……
ああ、君の綺麗な絵が、水に溶けてゆく
だけどその水はもっと綺麗に
いろんな色に染まったよ、ありがとう

 

恋人の鳴らす笛

 

どうして戦争が始まったかなんて、覚えていない
ただ大きな川を挟んで
お互いに違う国に引き裂かれた僕らにとっては
川を越えられるかどうか以前の問題がそこにあったのだ
だからいつも笛を鳴らす
僕が鳴らすと、対岸の国から
今度は彼女が鳴らす笛の音が聴こえる
そんな些細なやりとりは何年もかけて、毎日続いた
僕は
私は
まだ生きています

ただひとつだけ、それだけが希望なんだ
今日も笛を鳴らそう
対岸に見える国境の壁に向かって……

 

 

永遠の友達

 

うまくいかない日々が続き、イライラしていた私は
何の関係もないの彼女に八つ当たりした
それで喧嘩になったのに
私は悪くない
とまで思っていた
どれだけバカだったんだろう
なんとか謝って仲直りして
そして何年もたった今でも思う
昨日も今日も一緒に笑ったけれど
彼女があの日の事を忘れてくれているわけがない
今の彼女は、私を本当に許してくれているだろうか
どう考えても理不尽で
どう考えても10:0で私が悪かったのに
どうして彼女は
昨日も今日も一緒に笑ってくれたのだろう
でもこんな楽しい関係が、取り繕ったものとは思えない
彼女がよければ
こんな関係のままで、このまま進みたい
私が言えることじゃないけれど

 

 

洗濯物

 

生乾きの洗濯物のかたまりが
幼い少女に語りかける
はじめまして、ぼく洗濯物
少女は洗濯物のかたまりと友達になった
洗濯物のかたまりは
少女にいろんな話を聞かせてくれた
少女の話にも耳を傾けてくれた
遊び疲れた少女は
いつの間にか眠ってしまっていた
少女が目を覚ますと
ママが洗濯物を干していた
だめーーーーーー!
少女はすぐに駆け寄った
けれど洗濯物のかたまりは崩れ去り
ひとつ、またひとつと
綺麗に干されていた
次の日も洗濯物のかたまりができた
でも、昨日の洗濯物とは別のもの
今度の洗濯物は、もう喋らない
パパのパンツは喋らない

 

 

 

恋をする女がこの池に入ると人魚になってしまう
そうなればもう人間には戻ることはない
恋の相手が別の女と契を交わさないかぎりは……
彼女はそんな伝説の残る池で
ひとりの少年が溺れているのを見つける
慌てて泳いで助けに出る彼女だが
その後、岸で生きて見つかったのは、溺れていた少年だけだった
途方に暮れるのは、彼女の幼馴染の青年
実はひそかに両想いであり
実はひそかに、互いにそれに気づいていたらしい
だけど幼い頃からずっと一緒だった彼女は、もういない
彼は自分が、いつか彼女と一緒になるもとだと疑わず
また、望んでもいたのだった……
しかしそれから何年もの月日が流れ
彼は別の女性と恋仲となり、やがて婚約を交わした
だけど伝説と違い
池に消えた彼女が人間として戻って来ることはなかった
彼のその婚約相手の女性は、むかし池に消えた女がいたことを
そして彼とその女との間柄を、知っているのだろうか
今もまだ、ゆらゆらと暗く濁った水底に
誰の目にも映らない、体積もない、ひとりの人魚がいることを
ふたりは知っているのだろうか……
それは誰にもわからずに、ただ、ふたりは幸せに暮らしました
終わり

 

 

水玉さがし

 

男が目覚めると
布団の水玉模様が部屋中に散らばっていた
これはまずい、はやく集めないと……
壁や机、本棚や箪笥
それらから水玉模様を丁寧に剥がしては
また丁寧に布団に貼り付けていく
それぞれちゃんと決まった位置に、だ
夜までかかって、ほとんど元通りになった
だけど敷き布団の真ん中の
あとたった一つだけが見つからない
家具も全部動かして探してみたけれど
結局見つからなかった
男は諦めてしまい
そのまま未完成な布団に入って寝てしまった
翌朝
男が目覚めると
布団の水玉模様が何故か完成していた
ぽっかりと真ん中が一つだけなかった敷き布団が
ちゃんと綺麗に仕上がっているのだ
そっか、そこにあったのか……
男はようやく気づいて溜め息をつきながら
自分の背中に手をやった