恋をする女がこの池に入ると人魚になってしまう
そうなればもう人間には戻ることはない
恋の相手が別の女と契を交わさないかぎりは……
彼女はそんな伝説の残る池で
ひとりの少年が溺れているのを見つける
慌てて泳いで助けに出る彼女だが
その後、岸で生きて見つかったのは、溺れていた少年だけだった
途方に暮れるのは、彼女の幼馴染の青年
実はひそかに両想いであり
実はひそかに、互いにそれに気づいていたらしい
だけど幼い頃からずっと一緒だった彼女は、もういない
彼は自分が、いつか彼女と一緒になるもとだと疑わず
また、望んでもいたのだった……
しかしそれから何年もの月日が流れ
彼は別の女性と恋仲となり、やがて婚約を交わした
だけど伝説と違い
池に消えた彼女が人間として戻って来ることはなかった
彼のその婚約相手の女性は、むかし池に消えた女がいたことを
そして彼とその女との間柄を、知っているのだろうか
今もまだ、ゆらゆらと暗く濁った水底に
誰の目にも映らない、体積もない、ひとりの人魚がいることを
ふたりは知っているのだろうか……
それは誰にもわからずに、ただ、ふたりは幸せに暮らしました
終わり