1と2の区別がつかない

 

私は1と2の区別がつかない
例えば目の前にケーキが1個あります
それは私が食べます
ではケーキが2個あるとします
2個とも私が食べます
何が違うの?
私がケーキを食べるだけ
ただ貴方はケーキを食べられない
誰にもケーキを食べさせない
それだけ
それと同じってだけ
1個でも2個でも、3個でも4個でも、それが延々と続いて100個でも200個でも
そしてそれが何であっても
その数字の大きさに区別なんて必要ない
すべて私のものだから……
でも1つももらえないのは絶対に嫌よ
だから、0だけは区別がつくの

 

 

寝静まる街を見下ろして

 

寝静まる街を見下ろして
昼間とは少し違った澄んだ世界に耳を傾ける
登り疲れたこともどうでもよくなった
風と呼ぶには程遠い微弱な空気の流れが景色をくすぐる
心の中でも何かがわずかに揺れた気がした
よく知っている交差点が目にとまった
信号が一方は赤だけ、一方は黄色だけ点滅している
いつもと違う一面を見た気がした
貨物列車の音が、気づかないほど微かに聞こえる
近くに線路はない
こんなところまで響くんだとしか思わなかった
遠くの高層マンションの、ところどころに明かりが点いている
昔からあるあのマンションのねもとが何処にあるか、今も知らない
だけどその知らない誰かもまだ起きている
顔も名前もわからない誰かとの不思議な仲間意識を感じた
何を考えてあの窓の向こうにいるのだろう
目を閉じても彼らの心ひとつとも通じなかった
そういえば歩く人の姿は一人も見ない
車は時々走っているようだ
今やっと帰りなのかな、お疲れ様、運転気をつけて
表情も変えずにそう思った
伝わることを願ってそう思ったわけじゃなかった
ただ子守りのように眠る街を見下ろした
ふと見上げると、いつの間にか月の在処を見失っていた
雲に隠れていただけだった
とれないかな、そう思って、再び現れた仄明かりに手を伸ばす
まったく届かなかった
手は両手ともポケットに突っ込んだままだったから
ため息をついても声が出ない
声が出たのに気がつかなかっただけかもしれないし
ため息なんてついていなかったかもしれない
そんなことどうでも良かった
石段を降りて帰ろうとしても空は明るくなる気配もない
主導権は世界が握ったままだった
一番下まで降りて、振り返り、そして見上げる
よく知らない神様にお邪魔しましたと頭を下げる
すべて心の中で
頭を下げるのも心の中で
伝わることを願ってそうしたわけじゃなかった
ただ消えるようにしてその場を去った
最初から来ていなかったのかもしれないし
誰もこんな場所知らなかったのかもしれない
それももうどうでも良かった
考えたかったことは結局、何も考えられないままだった
でも、それでも構わなかったかもしれないと思える時間だった

 

 

はじまり

 

俺が風呂に入っている時
バスルームより外には世界がない
今、このバスルームしか存在しない
風呂からあがって扉を開けたら
脱衣所が出来る
身体を拭いて服を着て脱衣所から出たら
台所やリヴィングが出来る
家が出来る
外へ出れば街も出来る
そうして、世界は始まった
俺は風呂に入るたび神様になって風呂からあがる

 

 

失う

 

失う覚悟を決めたのは貴方ひとりのためでした
別の何かがほしかったわけではないのです
貴方はそんな私の話を聞いてくれて
私のその覚悟も理解してくれて
捨てて捨てて失ってゆくのに費す時間も
ずっとずっと待っててくれました
待ってくれて
待ってくれて
ようやく私がすべてを捨て切って、失い尽くした時
待たせていた貴方に駆け寄ろうとしたその時
貴方は去りました
いつか私が別の誰かと出会い幸せになることを願って……
……きっと、最初からそのつもりだったのですね
だめな私が、ちゃんと最後まで捨て切れるために
待っているふりをしてくれていたのですね
気を遣ってくれていたのですね
私のためにしてやった気にならないで!
私は、これで本当に何もかもすべてを失ったのだから……
酷いです
酷いです
こんなことって
あんまりです

 

 

私2

 

生まれ変わったら何になろう
私はまた私に生まれたい
もう一度たくさんの人たちと
一から出会い直したい
またあなたと出会って
今度こそ伝えたい
後悔しない方法を知っている状態から
また私を始めたい
私2
みたいな感じで、できたら3も

 

 

アリスのまぼろし

 

近頃アリスのまぼろしをよく見る
道や職場や自分の部屋で
ふとした瞬間にその姿を目撃する
心臓に悪い
もちろん童話のアリスではない
何故あんなものをアリスと呼ぶのかはわからない
ただ噂には聞いていた
いくつか注意事項があるという

1、アリスを気にしない
2、アリスの邪魔は絶対しない
3、何があっても幻覚であると信じること

それだけ守っていれば
とりあえず普通には生活できるらしい
らしいが
俺は正直、アリスのまぼろしが怖い
初めて彼女のあの姿を目にしたとき
あまりの恐ろしさに動けなくなってしまったのを
今でもはっきりと覚えている