やさしい言葉で傷つけて

 

やさしい言葉で傷つけて
もっとやさしい言葉で責め立てて
違う違う
そんな酷い言葉じゃ傷つかない
もっともっとやさしくて
あたたかくて
包み込んでくれるような
そんな言葉で深く傷つけられるのが
私はとっても気持ちがいいの
もっとほしいの
たくさんほしいの

 

 

窒息の森

 

窒息の森にひとり佇む
苦しい
水のなかの水のように木々がひしめき合い
呼吸ができない
手足が重く、思うように体を動かせない
歩けない
進めないし、戻れない、出られない
ああ、ああ、向こうのほうに誰かいる
木立のあいだに誰かいる
笑ってる
すこしずつ苦しさが心地よくなってくる
意識が遠のいていく
それが不思議なくらいに気持ちがいい
ああ、ああ、誰かわかった
あれは私がむかし首を絞めた人だ
私にも教えてくれたのだ
この森のなかへと私をいざない
味わわせてくれたのだ
ああ、ああ、気持ちがいい
これこそがまさに窒息の森の森林浴だ
息ができないって、癒される

 

 

15分遅れの生活

 

15分遅れの生活をする
朝、人より15分遅く起きて
人より15分遅く出勤する
はじめのうちは怒られていたけど
そのうち誰も何も言わなくなっていた
お昼には人より15分遅く休憩に入り
午後は15分遅れて仕事に戻る
そして15分残業して、帰る
タイムカードの15分ずれた表記を見ては満足する
順調順調
友達との待ち合わせは15分遅れて到着し
解散後はその場にひとり15分だけ残ってから帰る
見たいテレビ番組は始まって15分のところから見て
見終わったら15分待ってテレビを消す
順調順調
これからも、こうしていけば
私は毎年迎える誕生日にも15分遅れて歳をとり
いつだってみんなより15分若くいられる
そして人生の最後には
みんなより15分、長生き出来るはず

 

 

これでさよならでもいいとして

 

これでさよならでもいいとして
いつか、夢であってほしかったと思う日は来るのかな
今はこんなに感情が空っぽで
仕方なかったって冷静に考えてても
いつか
こんなはずじゃなかったのにって
突然心が苦しくなって大泣きする瞬間が来るのかな
あなたと、もう会えないことが決まってしまった
本当にいなくなってしまった
何とかする方法なんてなかったって
そう、ずっと自分に言い聞かせてきたけど
もしかして私が何もしなかっただけなのかな
ひょってして何とかできたのかな……
ずっと隣にいたかった
あなたの笑顔も優しさも
ぜんぶ手に入れたと思ってた
私を本気で守ってくれてた
ちょっとしたことで心配してくれたりした
もう離さないでいてもらえると思ってた
ずっと一緒に生きてくって……
あぁ……、ダメだ、今、来てしまった
夢であってほしかったって思う瞬間が
突然心が苦しくなって、涙が止まらなくなる瞬間が
今来てしまった
いやだ
やだ
やだよ……
こんなはずじゃなかった
良くないよ、これでさよならなんて、良くないよ……

 

 

新聞紙を丸めて作った人間たち

 

新聞紙を丸めて作った人間たちで遊ぶのが好きだったんですよ
昔から
はいそうです、新聞紙なんです、みんな
地下鉄に乗ってる人たちとか、街を歩く人ごみとか
新聞紙で出来てるんです
面白いですよ
ふつう出来ないこととかも、やって大丈夫なんです
この箱庭で起きてることは全部、僕の手のひらの上なんです
例えばですか?
例えばですね、このサラリーマンのおじさん
来月死ぬんですよ
殺されます
こっちのこの人は最後まで人生を全うする設定ですけどね
でもほら、このかわいい女の人いるでしょう? この人
この人は脚なくなっちゃうんです
明後日の予定です
ええ、だから、そうですって
みんな新聞紙を丸めて作った人間たちなんです
ですから……
いや、何を言ってるんですか、新聞紙だからこそ出来るんですよ!
すごいでしょう?
ははは!
え? はい、今までのもそうやってやってきたんです!
……なんでですか?
そんなのおかしいじゃないですか! だって!
みんな新聞紙なんだから! 僕って別に罪に問われないですよね!?

 

 

怖い気持ち

 

怖い気持ちになる
あんなに楽しかった飲み会や、友達とバカやった後なのに……
真っ暗な自分の部屋を、玄関から見つめる
酒の気配が自分の中で薄れていく
代わりに何か別のものが満ちていくのがわかる
アルコールで温まったはずの体を冷やす気持ち
とりあえず明かりをつける
誰もいない……
真っ先に風呂をスタートする
待つあいだテレビをつける
見ないでスマホをいじっていると、そわそわしてくる
なんだ、嫌な感じがする
思い立ってカーテンの向こうの闇夜を見に腰を上げる
何も変わったところはない
誰もいない……
風呂が沸いたので、入ることにする
服を脱ぎ、最近鍛えている自分の体を鏡で見てみる
ふと気になって自分の顔を見る
見つめ返す自分
その背後には、誰もいない……
頭を振って、何かを自分に言い聞かせ、風呂に入る
湯船につかり、すりガラスの向こうに目をやる
薄暗い脱衣所には、誰もいない……
……なんなんだ、帰ってからずっと
誰もいない、誰もいない、と
そんなこと当たり前じゃないか
なのに、まるで誰かがいる可能性があることを前提としたような
そんな自分の思考と行動に、また怖い気持ちに陥る
大丈夫なのに
大丈夫、大丈夫なんだ
誰もいない、誰もいない……
首が異様にだらりと長い女なんていない……