失った人のことを考えてはいけない場所

 

綺麗な場所でしょ
ここではね、失った人のことを考えてはいけないの
連れて行かれるから
連れて行かれて
そうして自分という存在も失うことになるから
私?
私も、失ったよ
ものすごく大切な人だった
他の何者にも変えられない、掛け替えのない存在だった
あの人のことは、全部覚えてる

 

 

猫の目の子

 

猫の目の子がいた
近所の公園だ
はじめは普通の子供たちだと思った
振り向いたその顔にぞっとした
みんな、目だけが猫の眼球をしていたのだ
人間の顔に、猫の眼球がついていた
小さくて、黒目しかない
その中の瞳孔が縦長にしぼられ、こちらを見た
動けないでいると
その子たちが笑いながらこちらに駆け寄ってきたので
怖くなって反射的に逃げ出した
夜になった
ふと思い立って、自分の子供の頃の写真を探してみた
猫の目をしていた

 

 

ビン詰めの月の歌

 

信じられないくらいあっという間に一日が過ぎ
その一日が繋がって長い長いひと月が終わる
ひと月ひと月も瞬く間に過ぎ去り早一年
一年はつらつらと繋がり、私の長い長い一生となる
生まれた頃からだったか
空きビンに月のかけらを溜め込んでいた
かけらたちが少しずつビンの中で身を寄せ合い
私の一生を費やして、ひとつの月となる
月は形を成してはじめて歌をうたう
その歌は私のくだらなくもそれなりに壮大な人生を
あっけらかんとまとめあげ、しれっと終わる
けれどそれが、とてつもなく美しいという
やがて歌い終わった月はまたかけらとなる
そのかけらを、私の次の誰かが別のビンに移す
その人で同じことが繰り返される
月は狭いビン詰めの宇宙で
散逸と形成を永遠に繰り返し、歌い続ける
その度に歌はすべて異なり
同じものはひとつと歌われないのに
私は、そのうちのひとつにしか立ち会えないのだった

 

 

不穏な月曜日

 

不穏な月曜日だ
ひっそりと何か嫌な気配がする
家の中でも
道端でも
職場でも……
……きもちわるい!
空は薄暗く曇っている
雨は降りそうで降らない
いったい誰だ、どこからか俺を見ているのは
さっきからずっとだ
だが誰でもいい、教えてくれないか
昨日は何曜日だった?
ほんとうに日曜日だったか?
俺は覚えているぞ
昨日も月曜日だったことを、こんな、不穏な

 

 

黄色い花だけが咲く

 

ゆらゆら……
ゆらゆら……
黄色い花だけが咲く
それは墓の片隅や
かつて人が飛び降りた場所に
あるいは誰かが首を吊るその真下に
日の光に照らされて
無音の風にさらされて
いつの間にか、静かに、そこに、ある
ゆらゆら……
ゆらゆら……
死者の言葉と、遺した祈りと
何かが染み渡った土の匂いに包まれながら
暖かく、暖かく
黄色い花だけが揺れている

 

 

春の惜別、束の間のため息

 

いつの間にか立ち去っていた
別れの言葉にも気づけなかった
ひとつくしゃみをすれば笑われた
ほんのちょっと前のことなのに
こんな最近の思い出が懐かしいだなんて……
そう思う度についため息がこぼれる
やだなぁ、今日はいつも通りの日なのに
もう会えない以外、いつも通りの日が続くのに