子供たちは楽しそうに走る
無邪気に、戯れるようにして、雨の刻む軌跡を辿る
もう帰れないとわかってる
パパやママともバイバイ
わかってる
子供たちはそれをわかってるはずだ
それでも行くのは
そうなっても良いと思えるほどに
雨を追って突き進むことが
今は楽しくて楽しくて仕方がないからだった
些細な冒険心が
悪魔のように子供たちを駆り立てたのだ
さようなら子供たち
雨の行く末に宝物を見つけても、そんな話をニコニコ笑いながら聞いてくれる大人はもういないよ
私は目を閉じて、水に乗る
ゆっくりと、静かに、水面につま先を降ろす
まだつま先立ちで良い
踵はもっとゆっくりと、静かに降ろす
周りには何も無い
雨も晴れも無い
無色透明に冴え渡った空気
ただ清潔で、すがすがしい、シンプルな感覚
ここはとても心地が良い
何も考える必要もなく、好きなだけ水に乗っていられる
落ち着いた時間、愛おしい時間
波紋の広がる音に耳をそばだてて微笑む
幸せだ
思う存分、こうしていて良い
あぁ、私は思う存分こうしていて良いんだ
ただひとつだけ
決して目を開けてはならない
本当はそこには水面なんて無いのだから
私は地に足をついているのだから
そして周りには
クソまみれの現実が嫌という程ぶちまけられているんだ
残り5分しか、ない
いつもそうだ
これは夢であり、残り5分しかなく
その先は、けたたましいベルの音に唐突に遮られ
結末が脳内で放映されることはない
いつもそうだ、いつものことだ
夢の中の私は5分後に夢が途切れることを何故か察知し
まさしくその通り、丁度5分後
今までの展開に関係なく、強制的に目は覚まされる
そしてその度に思う
夢の主人公である私は、あの後
好きな人とどうなったのだろうか
あるいは、怖い殺人鬼から逃げ切れただろうか
または、空を飛んで何処へ辿り着いたのだろうか……
ところが、今日は少し不思議だ
残り5分しかないと思ってから5分経っても
夢が終わらない
目覚ましの時間を間違えたのか?
でも明日は休みだから丁度いい、一度最後まで見たかった
夢の中は、夜道を歩いているシーンだった
私は目が覚めなかったことに興奮し、心を躍らせた
そして好奇心を胸に走り出す
すると、行く手に誰かの後ろ姿があった
すぐさま走るペースを落とし、歩きに変える
知っている人のような気がする
前を歩いている後ろ姿
ゆっくりと
だんだん追いつきそうになってわかり始める
向こうもこちらに気づいていることを
でも、振り向けずにいる
まるで私を恐れているかのようだ
何だ、妙だぞ
嫌な感じがしてくる、とても嫌なもの
怖いのは私のほうだった
知っている誰かだ
恐ろしいほどに、知っている誰かだ
こちらを振り向こうとしている
でも、出来ずにいる
それがわかる
何故わかる?
頼む、そのまま振り向けないでいてくれ
そう願う
何故か歩みは止められず、その距離は縮まりつつある
追いつきたくない
追いつきたくないのに、どうしてか歩いてしまう
会ってはいけない
会ってはいけない
それが誰なのか知ってはいけない……
知る前に、会う前に、そして追いつく前に
目覚めたい
……ベルが鳴らない
……ベルが鳴らないぞ!
本当に夢だよな
これは、本当に夢なんだよな!? なぁ!!