痛みの物語

 

少年と少女は、世界の果てとその反対側の果てから
再びめぐり会うための旅を始めました
しかしその旅の始めからまもなく少女は死んでしまいました
一方、少年は旅を続けます
この広い広い世界の中で、たったひとりの少女と会うために
恐らくは生涯をかけることになるかもしれない長旅を覚悟して
彼はただひたすら歩みを続けるのです
世界の果てから始めた旅は壮絶な苦難の連続でした
たくさんの人と出会い
その中で助けられたこともあれば
騙されて酷い仕打ちを受けたこともありました
今まで味わったことのないような災害にも巻き込まれました
崖から誤って転落してしまったこともありました
大怪我をしました、瀕死にもなりました
地面に打ちのめされ、冷たい雨に打たれながら地を這いつくばり
涙で何もかも滲んで見えなくなりました
それでも彼は少女の笑顔を思い浮かべては、彼女を想い
再びめぐり会う約束を果たすために、と、立ち上がるのでした
ある時、旅の途中で歳の近い少年と出会って打ち解け合い
たまたま恋について語らう機会がありました
その中で彼は、少女を思い浮かべている自分に気づきます
今までただ大切な人と思っていた彼女の存在が
自分の中ではっきりと
それが好意、愛情によるものだったのだと再確認しました
彼の思い浮かべる少女の笑顔の、その輪郭が濃く色付きます
行こう
ずっと進むんだ
彼は心に少女への想いと、再会の希望を強く抱きながら
果てしない旅を、これからも続けてゆくのです

 

 

わがまま王女様の最後のお願い

 

あの花は私のために咲いた、あの風は私のために流れ流れた
人々は私のために生きた、この国は私のために栄え栄えた
すべて私のためであれ……
すべて私のためであれ……
あの雨は私のために降った、あの空は私のために青く染まった
太陽は私のために昇った、この星は私のために時を歩んだ
すべて私のためであれ……
すべて私のためであれ……
お願いお願い
お願いお願い
あの花は私のために散った、この国は私のために焼かれ滅んだ
争いは私のために起きた、この人は私のために死を選んだ
すべて私のためであれ……
すべて私のためであれ……
すべて私がためであれ……
すべて私がためであれ……
お願いお願い
お願いします
私一人の償いで、どうか世界を救ってください
だから
雨も空も太陽も、花も風も争いも、この人の死もすべて
世界のすべてが、私がために起きたことであってください、どうか

 

 

同じ手紙を何度も読み返す

 

同じ手紙を何度も読み返す
もう何年もそうしてる
今年もまた同じ手紙を読み返す
内容は変わらない
読み終わったら綺麗に畳んで
引き出しの中に大事に隠す
一年経って、また同じ手紙を読み返す
内容は変わらない
読み終わったら綺麗に畳んで
引き出しの中に大事に隠す
一年経って、また同じ手紙を読み返す
内容は変わらない
読み終わったら綺麗に畳んで
引き出しの中に大事に隠す
一年経って、また同じ手紙を読み返す
内容は変わらない
読み終わったら綺麗に畳んで
引き出しの中に大事に隠す
一年経って、また同じ手紙を読み返す
内容は変わらない
読み終わったら綺麗に畳んで
引き出しの中に大事に隠す
一年経って、また同じ手紙を読み返す
内容は変わらない……
そう、書いてある内容は変わらないんだ
だけど毎年ちゃんと読み返す
ちゃんと読み返して、確認しないと……
母である君が遺した
息子への誕生日プレゼントの在処

 

 

Eclipse

 

ここは、夜しかない世界の、一番果ての浜辺
すべてのものがいつかここへ辿り着き
目前に広がる海と星空に旅の終わりを知る
私はここで、浅瀬の薄い海面にひたされたベンチに腰掛け
両足をぶらぶらと揺らしては、いつも水を蹴って遊んでいた
目の前の夜空に浮かぶ、ひとつの青い星を眺めながら……
途方もない時代が経ち、その青い星に食が始まった
私は、この時を待っていた
あの星が黒い影に覆われ、輪郭だけとなり
そこからこの浜辺へと、幻のように光る階段が現れるのを……
あぁ、私はあの星へ行きたい
食が終わる前に、階段が消える前に、駆け上る
今度こそ行けるだろうか
……間に合わないことはわかっていた
こんな、星と星を繋ぐほど長い、延々と続く階段を
食の間に上りきれるわけがない
あっと言う間に階段は薄れ消えゆき、私は沖へと放り出された
いつしか上手になっていた泳ぎで浅瀬へと戻り
服を絞りながら溜め息をついて、またベンチに腰掛ける
次の食までどれだけ待てばいいのだろう
きっとまた途方もない時代を待つのだ
今までそうだったように、そして今回もそうだったように
その時もきっと上りきることなんて出来ないと思う
だけどそれでも、待って、待って
いつかまた私は、挑むんだ

 

 

綺麗なお水

 

あなたは私の洗面台
あなたの口は、排水口
さぁ、あなたの喉を潤してあげる
綺麗なお水を、いっぱい飲ませてあげる
私が手を洗ったお水
私が口をすすいだお水
うがいをしたお水
どう……?
……そう、よかった
いいよ、明日もいっぱい飲ませてあげる