荒れる前の雲

 

荒れる前の雲の合間をたゆたう竜を見た
これから嵐が来るような、流れの速い雲の向こう
遠くの雷に照らし出される
銀色のうろこをまとった貴方の姿を
私はむかしから知っているような気がした
幼いような、前世のような
古い記憶の痕跡をたどっていると
だんだん思い出してくる
私が覚えている限り一番高いエレベーターで
雲の高さまで登りきって
エレベーターのドアが開いてすぐの
建物の崩れたふちが空に繋がっている階に出る
そしてそこで、貴方と会っていた記憶
語り合った記憶
片想いをしていた記憶
やがてある日
もう会いには来ないほうが良いと諭された記憶……
それが間違いでないのなら確かめたい
もう一度あの竜と話がしたい
貴方の気持ちを、今からでも知りたい
……雲間を縫うその姿を眺めながらそう感じた
だめだ、思い出せない
貴方に会うために使っていたあのエレベーターは
どこのビルだっただろうか
嵐が来る前に、空が荒れる前に、思い出したい
空模様がもっと崩れて、嵐が来たら
貴方も私のことを忘れてしまうのではないか……
行かないで!
結局、そう叫ぶことは出来なかったし
走り出して追うことも出来なかった
いつの間にか、もう
行ってしまっていたのだ
それに、きっと今あのエレベーターを見つけても
そのてっぺんは普通にビルの上の階に繋がっている
そんな気がした
だから、私は貴方に二度と会えない
そしていつかまた、忘れてしまうのだろう
けど
なんだか、そのほうが良いような気がして肩を落とした
荒れる前の雲の下で