洗濯物

 

生乾きの洗濯物のかたまりが
幼い少女に語りかける
はじめまして、ぼく洗濯物
少女は洗濯物のかたまりと友達になった
洗濯物のかたまりは
少女にいろんな話を聞かせてくれた
少女の話にも耳を傾けてくれた
遊び疲れた少女は
いつの間にか眠ってしまっていた
少女が目を覚ますと
ママが洗濯物を干していた
だめーーーーーー!
少女はすぐに駆け寄った
けれど洗濯物のかたまりは崩れ去り
ひとつ、またひとつと
綺麗に干されていた
次の日も洗濯物のかたまりができた
でも、昨日の洗濯物とは別のもの
今度の洗濯物は、もう喋らない
パパのパンツは喋らない

 

 

 

恋をする女がこの池に入ると人魚になってしまう
そうなればもう人間には戻ることはない
恋の相手が別の女と契を交わさないかぎりは……
彼女はそんな伝説の残る池で
ひとりの少年が溺れているのを見つける
慌てて泳いで助けに出る彼女だが
その後、岸で生きて見つかったのは、溺れていた少年だけだった
途方に暮れるのは、彼女の幼馴染の青年
実はひそかに両想いであり
実はひそかに、互いにそれに気づいていたらしい
だけど幼い頃からずっと一緒だった彼女は、もういない
彼は自分が、いつか彼女と一緒になるもとだと疑わず
また、望んでもいたのだった……
しかしそれから何年もの月日が流れ
彼は別の女性と恋仲となり、やがて婚約を交わした
だけど伝説と違い
池に消えた彼女が人間として戻って来ることはなかった
彼のその婚約相手の女性は、むかし池に消えた女がいたことを
そして彼とその女との間柄を、知っているのだろうか
今もまだ、ゆらゆらと暗く濁った水底に
誰の目にも映らない、体積もない、ひとりの人魚がいることを
ふたりは知っているのだろうか……
それは誰にもわからずに、ただ、ふたりは幸せに暮らしました
終わり

 

 

水玉さがし

 

男が目覚めると
布団の水玉模様が部屋中に散らばっていた
これはまずい、はやく集めないと……
壁や机、本棚や箪笥
それらから水玉模様を丁寧に剥がしては
また丁寧に布団に貼り付けていく
それぞれちゃんと決まった位置に、だ
夜までかかって、ほとんど元通りになった
だけど敷き布団の真ん中の
あとたった一つだけが見つからない
家具も全部動かして探してみたけれど
結局見つからなかった
男は諦めてしまい
そのまま未完成な布団に入って寝てしまった
翌朝
男が目覚めると
布団の水玉模様が何故か完成していた
ぽっかりと真ん中が一つだけなかった敷き布団が
ちゃんと綺麗に仕上がっているのだ
そっか、そこにあったのか……
男はようやく気づいて溜め息をつきながら
自分の背中に手をやった

 

 

私に断りもなく

 

使わなくなった物たちが部屋から消えてゆく
捨てたのだから、消したのは私なんだけど
それでも
私にはいつも、それらがすべて
私に断りもなく消えたように見えていた
そして、そんなふうにして居なくなった人を
一人だけ知っている……
あの人もまた、私が突き放してしまったのだ
けれど私にはやっぱり
私に断りもなく消えたように見えた

 

 

夜隠し

 

戸口に立つ父の影
畳に垂れる姉の髪
賢しき弟、夏の宿題
夜の裏山、先行くは祖父
ついて回って転んで泣いて
立ち上がると祖父がいない
探して呼んでも返事もない
怖くて帰ってきたけれど
家の中は静まり返り
家族の姿は見当たらない
ふと気になって鏡を探す
鏡を覗くと僕もいない
台所に母がいた

 

 

タスケテとサヨナラ

 

タスケテとサヨナラ
そのやりとりは繰り返される
タスケテとサヨナラ
一方は必死に、一方は冷静に
タスケテ
懸命にすがりつくように
サヨナラ
応じる様子など微塵もないように
タスケテとサヨナラ
タスケテとサヨナラ
サヨナラ
サヨナラ
サヨナラ……

 

 

目を瞑って、後ろを向いて

 

目を瞑って、後ろを向いて
彼女は時おり、彼にそんな言葉を口にする
それは階段の上とか駅のホームとか
そういった場所で言うのであって
一緒にテレビを見ていたり
食事をしたりする時は言わない
だけどたまに、彼とそういった場所を訪れた時は
ほぼ例外なく、いつも笑顔で告げるのだ
目を瞑って、後ろを向いて
いつだって彼はそれに逆らわない
むしろ喜んでその運命を受け入れてきた
彼は、いつもそんな人だった
そんな人が、いつも彼だった