雨焼け

 

学校から帰って、傘を閉じて玄関を開ける
靴の中まですっかりびしょ濡れで
靴下も一緒に脱いで裸足で上がると
水に濡れた足跡が床についた
ぺたり、ぺたり
早く足を拭きたくて廊下を進むと
僕のより先についた、誰かの濡れた足跡が目にとまった
家の奥、ダイニングの方へ続く足跡……
僕より少しだけほっそりとした、小さな足跡……
姉だ、と思った
一年前、事故で失った姉
暗いダイニングの明かりを点けて、麦茶を飲む
両親の帰りは今日も遅い
一息ついたら、制服から着替えるために自室に向かう
階段を登ると、その先にいつも見えるドア
姉の部屋
横目に通り過ぎて、隣の自分の部屋に入る
疲れてうたた寝をしたとき、夢を見た
いつも見る夢
一年前から見続ける夢
この家の中、薄暗い玄関から聞こえる声
ただいま……
ただいま……
僕は廊下のこちら側から、玄関を見据えている
近づいてくる声と、這いずる影
枕ぐらいの大きさのそれが、やがて見えてくる
こぢんまりとした、黒い袋
知っている、黒い袋
あの日、僕が最後に見た姉の姿だ
ただいま……
はっとして目を覚ます
最後のただいまだけ、本当に聞こえたように感じる
僕は起き上がって部屋から出ると、隣の部屋を目指す
久しぶりに開けるドア
嘘だ、昨日も開けていた
暗くカーテンを締め切った部屋
水の中にいるかのように湿った空気
周りには家具がまだそのまま並んでいる
母が片付けたくないと言っていたからだ
姉のベッドに腰を下ろし、家の外の雨音に耳を傾ける
布団もやけに湿気っている
ペンギンのぬいぐるみも
その時、ぱたりと水滴が落ちた
自分の涙だと気づいて、目をこする
この布団で、大きくなっても一緒に寝てたっけ
仕方がないにゃあ……
そう苦笑いを浮かべて部屋に入れてくれたことを思い出す
他にもいろいろ思い出してきた
バイト先の店長の悪口を言うときの不服そうな顔や
大好きだった紅茶を飲むときの幸せそうな顔
茶色く染めた長い髪をいじる癖
……そして、……免許を取ったときの、嬉しそうな、顔
……
ひとつひとつ移ろいでゆく記憶
僕は姉が、好き、だったのかもしれない
くそ、足が痒い
濡れた靴下に締め付けられていた跡がまだ足首に残っている
痒い
あれからもう一年も経つなんて
痒いなぁ
湿気と蒸し暑さの中にため息が混じってゆく


今年もまた、梅雨が、はじまる……