予告

 

書いてはいけないと言われているけど書かせてもらう

小さい頃、とある駅のホームにいる夢をよく見た
たくさんのホームがある大きな駅だったが
現実では上下線のみの駅しか使ったことがないので、知らない駅だった
僕はいつもそこで、ひとりのお姉さんとお喋りをしていた
黒髪のショートで、目が細く
すこし両頬の肌が荒れていて赤かったのを覚えている
お姉さんの名前も知っていた
夢の中のホームでそのお姉さんと会うことが、日課になっていた

中学生に上がる頃、お姉さんが別れを告げてきた
私、この電車だから……
不思議なことに、その駅で電車を見たのはそれが初めてだった
電気も点けていない真っ暗な電車に乗り込んだお姉さんは
僕に手を振って笑った
また大人になったら会えるから……
当時、僕は悲しくて泣いたが
今にして思えば、その言葉は予告だったように感じる
それ以来、その駅の夢は見なくなったはずだった

やがて大人になり、社会人になったある日のこと
転勤したせいで使うことになった駅を見て驚いた
子供の頃に夢で見た駅だ
大人になって、初めてこんなにたくさんのホームがある駅を見た
間違いない、あの駅だ
しばらくは、何事もなく通勤でその駅を利用していた

その頃僕は、電車で寝てしまうことが多かった
しかしある日から、そのうたた寝の最中に同じ夢を見るようになった
電車に乗っている夢だ
電車で、電車に乗っている夢を見るようになったのだ
窓に背を向けて座っている自分を、何故か客観的に見ている構図だった
夢の中で僕を乗せた電車は、例の駅へと入っていく
ホームに突入し、止まるために減速していく電車
ホームのずっと先のほうで、線路側を向いて立っているひとりの女性がいた
その人と僕の乗っている車両がゆっくり近づいていく
やがて電車は停車し
車内に座る僕の身体は、ホームに立っている女性の真正面で止まった
まるで女性が僕の座る位置を最初から知っていたかのように
ぴったりと……
そうして僕の背中を、真後ろから窓越しに見下ろす、その
にやりとした、細い目
黒いショートの髪、赤く肌荒れした頬……
ハッとして目が覚めて後ろを見た
現実の同じ駅、ただの人ごみ
見回しても、その人影は見当たらなかった
降りなければならないことを思い出し、汗をぬぐって慌てて降りる
こんなことが、通勤中によく起きるようになった
予告どおり、大人になってまた彼女と会うようになったのだ……

そんな日々を送りながら、やがて数年後
僕には恋人が出来、その後結婚した
何とはなしに、最近妻にこの夢の話をしてみた
それ、やばいよ……
と妻
曰く、最初に夢に現れていた時点でこの世のものではなかったらしい
霊感があるとは聞いていたが信じていなかったし
まさか、と思った
しかしついでにその夢の女性の名前を覚えていることを話した瞬間
妻は血相を変えて僕の口を塞いだ
だめ!
その名前! 絶対に現実で口に出さないで!
この話もなるべく人にしないで!
他の人に読まれるかたちで書くのもだめ!
……妻本人にも何の根拠があるのかはわからないらしいが
この妻の警告がこの時は妙に怖かった
実はくだんの夢も、とある内容の変化を最後に、今は見なくなっていた
最後に見たとき、初めて窓越しに彼女が何か呟いた気がしたのだ
今度は一緒の電車に乗ろうね……
と……
これも何かの予告だろうか

また何年も経って、特に何事もなく過ごしている
だからもう良いんじゃないかと思って書いているのだが
大丈夫だろうか?
怖いのでその女性の名前はやめておこうかと思う
現実で呼ぶことが、出てくるきっかけになるのかもしれない
ちなみに、ごく普通によくある名前だった