ほたるの舞う駅で

 

ガタンガタン
ガタンガタン
うたた寝から目を覚ます
二人掛けの席で、窓側の席には妻がいて
俺に何かを語りかけているところだった
……でね
……あれ未完なんだってさ
何が……?
……だから原作だって
……もしかして、また寝てたの?
ごめんごめん……
聞いてる聞いてる……
……そう?
……で、私あれアニメしか知らないんだけど
……あれって
……乗ってる人が
妻の声がそこでまた遠くなる
妙に楽しそうな横顔の奥にある窓
その向こうを流れる夜の景色
ほとんど何も見えないけど
ところどころにある街灯が照らすのはどれも
田んぼの一画のようだった
遠くまで広がっているらしい
けど、もっと遠くには町の灯りも見てとれた
……
ガタンガタン
ガタンガタン
静かな音の連続が夢うつつに聞こえる
……あ、着いた
妻のそんな声でまた顔をあげると
ほたるの舞う無人駅に停まっていた
ドアが開いていて
かすかな空気の流れが足元を撫でてゆく
着いたって……?
まだ降りる駅じゃ……
……よいしょっと、ごめんね!
妻が俺の言葉を遮りながら
俺の足と前の座席との間をまたいで通路に出た
とても、自然な動きだった
そしてそのままドアの方に行こうとするので
俺は立ち上がって追いかけた
どうしたんだよ……
なんでこんな駅で……
妻は構わずドアから駅に降り立ち
振り向いて笑顔を見せた
……ごめん!
……私ここだから!
おい、なに言ってんだ……!
慌てて俺も降りようとしたが
その瞬間にドアが閉まってしまった
おい……!
妻がドアの向こうで手を振っていた
その後ろで、ほたるが舞っている
電車が動き出す
俺は窓に組みついて外を必死で見た
妻はもう手を振るのをやめていて
後ろ姿で去ってゆくところだった
それが彼女を見た最後だった
結婚してずっと一緒だった
そう思っていた
ずっと一緒に生活していた
そう記憶していた
だけど気がつくと電車は
いつしか本来降りる駅に着いていて
その頃にはもう俺は
彼女に関するすべてを思い出していた
おかしいよな
あれは、もう何年も前なのに
結婚式の予定日より、前のことだったのに……