居酒屋・無間地獄

 

俺は先輩と二人で飲みに来ていた
遠くまで続く地下通路の左手には居酒屋が延々と連なり
提灯や店内からの明かりで通路を照らしている
千鳥足で先を歩く先輩
俺はトボトボとその後に続いた
先輩は気分良さそうに鼻唄を口ずさみながら
……次はここにしよう!
と、ある店の扉を開けた
真っ赤な顔面で目玉が飛び出した鬼に向かって先輩は
……空いてる~?
と言いながら中に入って行く
俺は無言だった
そこで飲み始めてしばらく、先輩が言った
……いやー、ほんと!
……お前が入ってくれて良かったよ!
……これでうちの職場も安泰だ!
……俺の後継者はお前だな!
やめてください、そんな……
俺は今日、仕事で大変な事故を起こしたんです……
人が死ぬような……
そう言いかけて、言葉にならなかった
先輩は覚えていないのだろう
俺だけが覚えていて、ずっと後悔し続けるんだ
周りの客は皆、頭が割れたり首が千切れたりしていた
同じ場所にいて、先輩と俺で見ているものが違う
先輩は本当に極楽気分なんだ
俺は地獄にいる
どうして違うのかはわかっていた
先輩は悪くないからだ
そして俺は、事を起こした張本人だからだ
そこでしばらく飲んで、俺たちはまた次の店に向かった
……姐さん、空いてる~?
先輩はまた別の店に入って行った
あーい! どーぞ、こっちへー!
気の良さそうなオバチャンの声に目を向けると
そのオバチャンの顔は
目にも口にも枝豆がびっしり詰まっていて
さらにその豆の隙間から血がぶくぶくと泡ふいていた
思わず目を背ける
席についた先輩がにこにこしながら言った
……そういやお前に言ったっけ?
……俺んとこ、もうすぐ子供が生まれるんだ!
うぐっ
胸が締め付けられて声が漏れる
もう、俯いていることしか出来ない
先輩は構わず続ける
……女の子なんだ!
……楽しみだなぁ、嫁さんと名前も考えててさ~!
俺は涙を滲ませながら
悔やんでも悔やみきれない思いを噛み締めていた
ごめんなさいごめんなさい……
ごめんなさいごめんなさい……
それがまったく言葉にならない
歯が、ガタガタと震えるだけだった
……さ! 飲め飲め!
先輩が自分のコップと俺のコップにビンの中身を注ぐ
同じビンから、先輩のコップにはビールが
俺のコップにはドブ水が出てきた
……まだまだ飲むぞ!
……今日は久しぶりにイイ気分なんだ!
その店を出てからもまた先輩は
……次だ! 次! 次!
と、よろめきながら歩を進めた
いったい、どれだけこれを繰り返せば許されるのか
いや、許されてはいけないのだ、永遠に……
俺はまたトボトボと先輩の後に続くしかなかった
まだいつかは帰れると思っている先輩の後に……