一番奥に誰かいる

 

当直の見回りでもっとも嫌なのは
ある階の奥に位置するトイレだった
そのさらに一番奥の個室には
何かがいると聞いていた
だから誰も近寄らないし
そこはもういいとも言われていた
だけどある夜、そのトイレから
老人の苦しむ声が聞こえてきた
私はトイレを覗いた
怖いけれど、個室を順番に開けていく
奥から二番目
そこにいると思っていた
だけど違った
二番目は開けても誰もいなくて
老人の声はその隣
つまり一番奥の個室から聞こえてきた
困ったところに入ったなぁ
そう思いつつも私は勇気を振り絞り
一番奥の個室を開けた
見知った顔がそこにあった
田中さん! 大丈夫ですか?
そう言って私は
すまんのう、と呟く彼を支えながら
トイレを後にした
細い老人の体は軽く
私は背中に彼をおぶって歩くことができた
背中に向かって語りかけてみる
田中さん、すぐに先生に知らせますね
私は気づいていた
この人の部屋を思い出せない
見知った顔だと、あの瞬間
なぜそう思ったのかがわからない
私は、この人を知らない
すまんのう、すまんのう
機械のように繰り返される
スマンノウ、スマンノウ
私は泣きながら背中のものを振り落とし
急いで先輩たちのもとへと向かった
そこでまた混乱した
どこへ向かえばいいかわからない
先輩たちって、誰のこと?
ここは……
思い出した
私は、ただこの廃墟に忍び込んだだけだった
なぜ、どうして
どうしてここで働いている人のつもりでいた?
いつの間にそう思い込んでいた?
わけがわからない
そこだけすっぽり抜け落ちたかのように
記憶にない
私は外に逃げ出したあと、頭をかかえた
一番奥に誰かいる
私は誰から、そう聞いたのだろう
ここに来る前ではない
誰からもここのことは聞いていない
私は、なんでここに来た?