君は、手だけを残して

 

僕には大切な人なんていなかった
君が現れるまでは……
そんな君が消えた
ある日、いつものように帰った僕は
何が起きたのかわからないまま
ただ呆然と立ち尽くした
ずっと一緒にいる約束をした次の日だった
だったのに
食卓の上に、左の手首だけが置かれていた
壁に書かれた血文字
脅迫めいた血文字
薬指には、僕のあげた指輪……


50年が経った
僕はあれからずっと、君を探した
残された僅かな手がかりを頼りに
君を見つけるため
その人生を捧げてきた
何かに巻き込まれたのかもしれない
大変な目に遭ったのかもしれない
違う、本当に巻き込まれたし、遭っている
確実に何かが起こったのだ
無事でいてくれればいいけれど
その安否もわからない
それでも僕は探し続けた
君のいる街を探して生きた
そんなある日
ついに情報を掴んだ
ずっと相談してきた刑事さんからの情報だ
引退して、自由に動けるらしい
頼りになる
僕はすぐさま向かった
そこは病院だった
真っ白な部屋の中
柵に囲われたベッドの上で
あたたかい陽の光を浴びながら
部屋に入ってきた僕に気づいた君は
そのしわだらけのしぼんだ顔の頬に
涙を流した
欠落した左腕の先端を隠しながら
僕に会釈をする君に
歩み寄り
その右手のほうを手に取って
あの時一度渡したはずの指輪を、もう一度捧げた


その後、例の元刑事さんから
犯人と思しき人物は数年前に亡くなっていたと聞いた
結局あの日、何が起きていたのか
もう知る術は無かった
ただ僕は
束の間の再会を果たせた喜びを、わずかな思い出を
指輪を供えた墓の前で、そっと胸にしまい込んだ