灰色の髪の少女

 

言葉の森をひとり往く
好きな世界だから、普段からよく歩いている
今日は少し違った場所にしようか
そう思ったのが、彼女と出会ったきっかけだった
こんにちは
その軽い挨拶に少し遅れて返すと
自然な流れで、そのまま語らいのいとまが出来た
旧知の仲だったかのように、親しげに会話ははずむ
やがて彼女は、小話を語り始めた
その声に耳を傾ける
心地よい言葉がつむがれ、頭に流れ込む
そうしてひとつひとつ、物語を知る
彼女は感情が豊かで、よく喋り、よく笑う
つられてこちらも顔がほころぶ
しあわせな時間だった
また次の日も言葉の森へ赴き
同じ場所へと向かった
そしてまた彼女と会って、話す
次の日も、その次の日もそうした
会って話すのが楽しかった
その声で語られる物語を、もっと聞きたかった
でも、理由は本当にそれだけだろうか
自分の胸に手をあてても
応えは判然としなかった
ただ、彼女のその佇まいに惹かれるものはあった
灰色の長い髪に、青い瞳
シンプルなデザインの洋服をまとい
必ずいつも、青い蝶々が周りにいた……

……ある日、彼女は少し落ち込んでいた
目が合い、声をかけようとすると
むこうから先に言葉が放たれた
大切なものを大切にできる時間は限られている
聞いたことのあるフレーズだ
彼女は、人と人との別れの時について
そして共に過ごすことの刹那さについて考えていた
暗く悲しい面持ちだった
そうしてまた呟くのだ
大切なものを大切にできる時間は限られている
そこで気づいた
聞いたことのある言葉?
言ったことがある言葉だ……
私が……
いつ?
ずっと前
若い頃だ
しわだらけの手が震える
知っている
知っていた
彼女を、ずっと昔に……
そしていつか私は、彼女に言ったことがあるのだ
大切なものを大切にできる時間は限られている

……ふと気づくと、彼女はやさしく微笑んでいた
その灰色の髪を、そよ風が撫で、ゆれる
一瞬だけ顔が隠れた隙に、彼女の口元は何かを告げた
声はない、動きだけだった
決して見逃してはいけないはずの言葉だった
そんな気がする
それを見逃した
そんな気がするのだ
また少し悲しそうな目になった彼女は
ここで会うのは最後にしましょう、と言った
それは
額面通りに受け取って良い言葉だと、すぐ判断できた
シンプルに突きつけられるような響き
受け入れる意思はすぐ固まり
目を閉じ、また開いた瞬間
言葉の森は崩壊した……

はっとした
手はもう震えていない
その肌には陽の光がなめらかに照っていた
目の前には、灰色の髪の少女がいた
青い瞳で、こちらの様子をうかがっている
聞いてますか?
投げかけられた問いに、頭をかく
えっと……なんだっけ……
もうっ、せっかく面白いお話をしていたのに!
その言葉に何も言えずにいると
次の瞬間にはもう彼女は笑っていて
何事もなかったかのように話の続きをしていた
……大切なもの、か
ん? なんですか?
……なんでもない、です